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<ドシロートに撮られた上山>

 

●終焉の日まで〜2011年フォトアルバム

競馬場跡地を購入したメーカーは3年計画で、工場及び周辺設備の工事を勧めているとの事です。ここが、いよいよ競馬場の姿を、崩してしまうその日まで。つぶさに見届ける事だけが、唯一の最大の、この地への私からのオマージュだと、思いを紡ぎ続けています。

 

2011年10月撮影 NEW

2011年05月撮影

2011年04月撮影

2011年02月撮影

2011年01月撮影

 

●更地から敷地へ〜2010年フォトアルバム 

工業団地としての起工式が、同年3月に執り行われました。いよいよここは、新しい姿に生まれ変わります。しかしどんな形になろうとも、ここがもともと競馬場であった事を、私は忘れなくない。時間を記憶の中でいつでもさかのぼれる様に、競馬場から工場へと変貌を遂げていくその経緯を、足を運ぶそのたびに、画像として残していきます。撮影が難しくなったら、難しくなった状況を撮影するだけです。

 

2010年11月撮影

2010年10月撮影

2010年9月撮影

2010年8月撮影

2010年7月撮影

2010年5月撮影

2010年3月撮影

2010年2月撮影

2010年1月撮影

 

●競馬場が消えていく〜2009年フォトアルバム 

2009年4月末より、本格的にコース解体および造成工事に入りました。私の大好きだった場所が、だんだん変わっていき、そして消えていく。その様子を私はただ、つぶさにデジカメのメモリーの中に、静かにしまいこんでいくだけです。

 

2009年11月撮影

2009年10月撮影

2009年9月撮影

2009年8月撮影

2009年7月撮影

2009年6月撮影

2009年5月撮影

2009年4月撮影

 

 

4年後の本馬場

利用法がなかなか決まらずその間コースは、原型が朽ちるに任されていました。ようやく平成19年秋になって工業団地としての売却が決まります。まず買い手が付いた東側の部分、3〜4コーナー付近を中心に同年9月11日に立ち入り撮影を行いました。

 

 

 

●入場門前壁画全体像フォト

 この写真だけで実に59枚…原則、塀1枚につき写真1枚で撮影しましたが中には塀2枚分で写真1枚に収めた物もあります。わが愛機、デジタルカメラ「アグネス」を、「上山競馬語り部活動にお役立てください」とのありがたい御厚意にて下さった方のお陰で、活動に掛かる経費が大幅に浮きました事をまず感謝いたしましてm(__)m

 この塀もいつ撤去されるか、されないとしても道路工事で立ち入り禁止になるかわかったもんじゃないなと、軽い気持ちで「これ今のうち全部撮影しよう」と、思い立ったのですがこれが見通しに反して悪戦苦闘の連続。まず茫々の草を刈り塀のツタ(植物図鑑で調べた所正確には「ヘクソカズラ」でした。あんなにかわいい花なのに)を取っ払い、これを早朝とは言え炎天下、1日では終わせずに翌朝も足を運んで延べ5時間半の作務(仏道修行として行う肉体労働)…報道とは重労働である、というのをしかと実感しました。塀1枚の幅を1mとすれば私が1人で草刈りを敢行した総延長はざっと60m以上、だったのでした。

 しかも下り坂で塀にだんだん手が届かなくなり、太くて硬くて鎌では歯が立たず、実力行使で引っこ抜こうとしたらツタはびくともせず落ちてきたのはコンクリートの破片と、ついでに長さ5cm太さ1.5cmはあろうかという、ご立派な青虫…(これも撮影しようかと思ったけど、アップしたら悲鳴挙げる人がいるだろうと思ってやめました。上空の鳥にはさぞやごちそうだったでしょうなぁ)

 撮影したらしたで、地道なトリミング・編集を施して、なるべく実際の壁画に近づけたいとの悪戦苦闘でした。工事やその他の関係で、真正面から撮れなかったパーツも多かったのです。

 尚、この壁画はいつどなたがどんないきさつで書かれたものなのか?これが、実は今の段階では不明なのです。やはり当時の担当の方が、現在の旧上山競馬場にはいらっしゃらないんですね。とりあえず、懇意の管理職氏によれば「競馬場に程近い場所にある美術大学の学生さんらしい」との説が内部ではもっぱら、との事で、じゃあと美術大学に問い合わせたら、こういう事は大学当局を正規に通す事はあまりないので事務方では何ら把握していない、との回答を頂きました。となると、山形新聞にでもお願いしてみようかな…(本当に新聞社に依頼するなら私の勝手ではできず、上山市の許可が必要になると思われますが)

 なお、「転んでもただでは起きない」武ほーぷ、何の見返りになしに無償奉仕を買って出た訳じゃありません(苦笑)きちんと上山市役所財政課の承諾を得た上で(何しろ公共の建造物ですから)草の中に埋まっていた塀のかけら、中には壁画の一部であったと思われる物を「お宝だ〜!」とばかり、頂いてきました。持ち帰るのが一苦労でしたが。

 

これが壁画の全体像