涙を砂に還したい

―上山の皆さんのお陰でした―

 

 2003年11月11日、重賞レース「樹氷賞」(1着セイウンリンクス・前野幸一鞍上)を以って、わが地元(正確には隣の市ですが)で約70年にわたり営まれていた上山競馬が終了いたしました。(公式発表は「45年」ですがそれは「市営競馬」としてのカウントです。“競馬”は決して市の物ではない、との考えから、私は戦前の、競馬倶楽部発足からを採ります)あれから何日が過ぎても、寂寥とした思いの持って行き場がない、空しい日々が続きます。それでも、地元民として見続けてきた私だからこそ、上山競馬が(馬もレースもろくなレベルと言い難い草競馬とは言え)どんな所だったか、どれ程愛した人がいてどれ程心熱くなる場所だったのかを、自信を持って書き残していかなければと、深く感じています。それも、時間が経てば経つほど、強く。今後どれほど時間が過ぎ、仮にあの場所が完全に更地になりマンションでも建って(住宅地にするには恰好の立地です)そこに沢山の馬達の生きた輝きがあったという事が過去の物として薄れていっても、私だけは、声高に主張したい。馬達と馬を愛する人があそこで、どんなにひたむきに走り、生きていたのかを、当局に危険人物視されてでも。

 ひとまずは脈絡なく、上山競馬終焉に際して、あれこれと思った事を気の向くままに、綴っていきます。あわせてこのサイト中各所に散らばる、上山競馬に関するコンテンツもここにまとめますので、それを見て笑ったりほろりとしたりして、私にとっての上山競馬に、どんな空気が流れていたかを、感じ取っていただければ幸いです。

なおタイトルは、上山終焉後、もっぱらこればかり聴いていた、尾崎亜美さん(超お気に入りミュージシャン)の曲から取りました。アルバム「SUPER POINTS」に収録された「涙を海に返したい」より。(杏里さんの曲でもあるようです)私が上山競馬につぎ込む思いは、結局あのコースのダート砂1粒1粒へと、生まれ変わっているのです。このコンテンツにも、その時聴いた曲の詞を随時アップしていきます。上山への切ない思いを込めた、物的証拠物件として。

上山に足を運んで過ごした、喜怒哀楽が何倍にも濃縮された時間、それらは全て、上山競馬で出会った人々、お馬たちのお陰です。彼らなくして私にこれほどの充実はありませんでした。いくらしてもし尽くせない、感謝の気持ちのありたけを込め、このコンテンツを上山競馬のために生きた、全ての馬達と人々に捧げます。(2003/11/22)

 

  内容ご案内

ドシロートに撮られた上山 2.1更新

我輩はゴール板である 

・その後の上山市馬達のみ霊は浮かばれるのか

上山競馬場の今後に期する武ほーぷ私案NPOへの献策と意見交換 

上山のジョッキー1人1人への檄または惜別メッセージ

武ほーぷの上山事始め

・上山ってこんなとこ 番外編

本馬場入場ニックネームについて 

こんな場所がありました 

ウィナーズサークル差し入れ品争奪戦 

上山ジョッキーの勝手にルックス談義 

懐かしの味上山競馬プチグルメ  Part1 Part2

「消えた山形」〜黄昏の風景〜より

山形県内各地の懐かしの風景を掲載している同サイトの、管理人様のご好意により

上山競馬関連ページへのリンクを貼らせて頂きました

「市制施行50周年記念展示 現代資料でみるかみのやま」競馬関連展示品

2005年1月1日より2月6日まで、上山城特別展示室において上記の特別展示が行われました。

そのうち競馬関連品について、上山市及び上山城管理公社よりの格別の御計らいにより、

撮影及びこのサイトへの掲載をお許し頂きました。

上山競馬の面影をこのサイトで、少しでも伝え、残していきたいとの思いから、下手な写真ではありますが、

ここにその展示を再現いたします。また快くご尽力を下された方々にこの場を借りまして、篤くお礼申し上げます。

 

他 鋭意製作中

予定コンテンツ:  

「上山にいたこんな馬:上山であったこんなレース」

「“たかが競馬されど競馬“に見る 上山ダイアリー」

「特別提案:上山城の隣に顕彰碑を建てよう運動」

「その後の上山グラジュエイター」

「競馬場があるのはこんな場所」(飲食店、楽しみスポットなど)

「競馬場を育んだ街上山」(統治の馬の関わった歴史、最盛期から終焉までの歩み)

 

 

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